2006年10月18日

グラスハープ〜草の竪琴〜

grass-harp.jpg
トルーマン・カポーティが、自分の人生の中で一番幸せであった少年期を描いて、もうこれ以上の作品は書けないであろうと、自ら最高傑作と賛辞した原本『草の竪琴』からの映画化。

まさに先に鑑賞した『カポーティ』から、ペリー・スミスと相反して、表口から出た彼の少年期の物語に重なる作品だと思います。

多感な少年役が、まだまだ似合う頃のエドワード・ファーロング主演ということで、以前からずーーっと気にはなっていた作品でもあったんですけどね。

監督は本作にも出演しているウォルター・マッソーの息子、チャーリー・マッソー。
チャーリーの母親キャロル・グレイスは、実際にカポーティと親交があったらしく、そんなことからも監督が原作を大事に映画化したことがうかがわれる作品だと思います。


grass-harp-1.jpg幼くして、若く美しい母親を亡くしたコリン少年は、父親(スコット・ウィルソン)に連れられ、南部の田舎町に住む親戚、ドリー(ハイパー・ローリー)とヴェレーナ(シシー・スペイセク)老姉妹に預けられる。
妹のヴェレーナは、複数の事業を経営する厳格で仕事一筋の女性だが、姉のドリーは繊細でロマンチスト。
屋敷の台所を自分の城とし、手伝いの自称インディアンの血を引くという黒人キャッシーと、ジプシーに教わったハーブの薬を作って暮らしていた。
その後父親も他界し、両親の死から心を閉ざしていたコリンは、ドリーの純粋な魅力に引かれ、いつしか彼女とキャッシーと3人で多くの時間を過ごすようになる。
そんな中で16歳に成長したコリン(エドワード・ファーロング)だが・・・・
ある日、ドリーの秘薬の特許を取り、大量に生産しようと持ちかけるヴェレーナに反発したドリーは家を出ることを決意し、
ドリーに付いて、コリンもキャシー共々家を飛び出し、森のムクロジの木の上のツリーハウスで暮らし始めるのだが・・・。
クリスマス


「僕が初めて、草の竪琴の話を聞いたのは、いつのことだろう・・」
主人公のそんな語りかけで始まるこの作品。
ファーロング演じるコリン少年はどちらかと言うと語り部で、彼を取り巻く人間模様が主役のように感じる。
そして、画面いっぱいに広がる田舎の風景。
風にそよぐインディアン草や、ムクロジの大木。

純粋で年齢を超えた魅力を持つドリーに憧れ惹かれるコリン。
後にコリンを作家の仕事へと進ませるのも、彼女の影響は大きい。
そんな中で、母亡きコリンと父の姿を垣間見て、コリンを引き取ろうと秘かに決意した、一本気なヴェレーナの気持ちにも言葉は要らない。

ドリー役のハイパー・ローリーとヴェレーナ役のシシー・スペイセクは、あの『キャリー』では、狂信的な母親と娘役でしたよね。
今度は姉と妹役とはいえ、役柄からシシー・スペイセクの方が年上に思えてしまう。
ハイパー・ローリーは、本当に実年齢を超えたドリーの役柄にピッタリはまっていたと思う。

純粋さ故にはみ出し者となるドリーたちは、ムクロジのツリーハウスで暮らすようになるのだが、そこには、妻に先立たれた悲しみと世の中の矛盾に疑問を抱く老弁護士や、若者も集う、彼らにとっての一時の楽園となる。
当時の南部堅気で、規律を守って生きてきた村の人々から見れば、彼らは異端者として映り、そこで起きる様々な出来事。

豪華なベテラン俳優の中でも、息子チャーリーの監督作に、また独特の存在感を魅せるウォルター・マッソー。
友情出演かとも思われる、ジャック・レモンとの名コンビは、この作品では同じシーンでの出演は無かったけれど、姉妹の相手役として、それぞれの役柄を演じているのも一興。
コリンの同世代としての憧れと友情の対象である若者を演じるのが、ショーン・パトリック・フラナリーというのも嬉しい。
そして、物語の客人として登場するメアリー・スティーンバーゲン。
本当にこんなにも豪華な俳優人で紡がれる物語は・・・
人の触れ合いを通して・・・
淡々としながらも奥深い詩の様な味わいの余韻を残す。

両親を亡くしたコリン少年が、こんなに優しくて情感溢れるエピソードの中で巣立って行く事ができたことに、終盤涙が溢れる。
やはり作家としてのカポーティの豊かな感性は、ココから生まれたんでしょうね〜。


「聞いてコリン、聞こえる?グラスハープよ」
「どこから?」
「草からよ」
「声の竪琴が話してるの・・・みんなの人生の物語を。」
「死んだら私たちの 話も物語になるわ・・・。」

中盤ドリーがコリンに語る草の竪琴の話。

ラストにも聴こえてくるようでした・・・。

そして、それこたえたカポーティの話す人生の物語・・。

後にグラスハープを、もう聴く事ができなくなってしまったカポーティの晩年を思うと・・・心が痛むけれど・・・

やはり素晴らしい原作を映像化した、心に沁みる作品でした。


posted by ラクサナ at 19:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | 2006年ビデオ&DVD鑑賞作品
この記事へのコメント
出ましたね!さすがはラクサナさん。この映画、以前TVかビデオで、チラッと見たことがあるのですが、物語は「遠い声、遠い部屋」と重なっていますよね。私、彼の長編は「草の竪琴」と「遠い声・・」が一番好きです、というかほかに見るべきものはないというか。唯、「草の竪琴」の本を、いつか紛失したのが心残りで・・・
Posted by Bianca at 2006年10月21日 12:29
[Em102]Biancaさん

『草の竪琴』の本を紛失されたんですか?
それは残念!(>_<)
カポーティの長編は、私は『冷血』を読み始めたばかりで、この原作も、処女作の『遠い声、遠い部屋』も未読なんですよ。
『グラスハープ』を観て、彼の瑞々しい独特の空気感みたいなものに強く惹かれました。
私もいづれコチラの原作を読んでみたいです。
読書家のBiancaさんに、またいろいろと教えを請いたいと思いますので、ヨロシクお願いします!
Posted by ラクサナ at 2006年10月22日 01:36
観ました、観ましたよーー! 
良かったですぅ〜 おっしゃるように、少年というよりあの姉妹を中心とした南部の人達の人間模様でしたね〜
あんなに追いかけ回して大騒ぎしておきながら、旅立っていくコリンへの言葉掛けがあったかくて人情深い人々に泣かされました。
カポーティが母親のいとこに引き取られて、アラバマの田舎で過ごしたのは6歳から9歳までの3年間なのですが、不自由な暮らしではなかったようですから、その時の体験がきっとのちの創作に与えた影響はかなり大きいのでしょうね〜。。「冷血」で育った環境の悪さが犯罪者を作ると主張したがった彼の「表口と裏口」の例の台詞には説得力があるかもしれません。
カポーティが生きてたら、さぞや美少年のエド君がこの役を演じたことに満足したろうってなことが本に書いてありました。
ショーンもいかにも少年が憧れそうな不良っぽい魅力満開で可愛かったですねぇ! それからあの、最初コリンのガールフレンドで後にショーンと結婚しちゃった早熟な娘っこはあのあの!”ブラックダリア”でしたよーっ! 割れた顎がどこかで?と思ってエンドロール観たらそうでしたっ!!
「ブラックダリア」も是非観てくださいね(しつこい)
Posted by マダムS at 2006年10月23日 20:16
[Em102]マダムSさん

早速ご覧になって頂けたようで!m(__)m
そうなんです、ラストにコリンを温かく送り出す村の人々の気持ちには、私も本当に泣かされました。
カポーティは実際には9歳までを過ごしたことになるんですね、アラバマでは。
その3年間が、彼にこんな素晴らしい作品を書かせ、作家へと導いたんですね〜。
何とも感無量ですが・・・。

おっと、あの彼女!?
ブラック・ダリアでしたか?
あの半分になっちゃう???(゜o゜)
はい〜今週中に観賞予定でっす!^^
Posted by ラクサナ at 2006年10月25日 17:39
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